「後悔するために全力で俺に尽くす姿が滑稽で、
 ――多分好きだったよ。平泉、元カントク」

薄い笑みすら浮かべず感情も抑揚もなく吐き捨てられた言葉に

覚悟したのは後悔することだけではないのだと
もう一度自分に言い聞かせた



         キミシニタモウコトナカレ



黒い固定用のテーピングベルトと白い包帯の巻き付いた足

そのコントラストがどこかで現実感を無くしている気さえしたのは
私の逃げかもしれない

チームを率いてきたエースが故障者リストに入り、現役を引退させられるのに
そう時間は掛からなかった
最後まで持田という選手を試合に出そうとフロントに掛け合いもしたが
結果としてそれが監督という職を捨てる結果となった

故障した選手を無理に使おうとしたことが
持田という最高の選手の寿命を縮めたのだ
真っ当な監督の選択ではない。と
サポーターからも随分と罵声を浴び、そして全てを甘受した

それが持田が率いてきたこのチームの監督として出来る最後の仕事だった


「アンタはどうせ違うチームにでも行くんだろ」
「いや、…もう2度と監督には戻れんよ」

僅かに見開かれた目が意外そうな色を見せたことに
その程度の力はあると思われていたのだと気付き、
皮肉にも笑みすら浮かびかける

正確には持田の見立て通り何ヵ所かから声は掛けられたのだが
その全てを断った

断っていなかったとしても
この先興味を持てる選手に巡り会えることがないだろうという
確証めいた予感しか残らなかったこの身では
1シーズンと持たずに見切りをつけられていたに違いないが

「なに笑ってんの、アンタ」

今度こそ笑ってしまっていたのか、訝しむような持田の視線とかち合う

「…いや…今まで考えたことも無かったが
 お前と私は案外似ているかもしれんと思ってな…」

興味のないものにどこまでも残酷で
だというのに最後にはそれしか残らず
退屈な人生などでは死と眠りの区別も付かない

まるで悪夢のようだ

「はぁ…?どこがだよ」
「…そうだな…気のせいかもしれん」

最初から1つしかなかった、あの足だけが世界の全てだった持田と比べれば
あの日から始まったばかりの私の悪夢など何もかもが生温い

たとえそれが一生終わらないとしても

「持田…」

今お前の目に私はどう映っているのだろう

老い朽ちていくだけの哀れな姿が
数年足らずの薄い信頼をまだ持つに値する程度の体裁は保てているか

いや、最初から信頼などという言葉はなかった

持田が信じていたものはその足だけだった
とすれば何の感情も興味すら、もう持つ気すらないのかもしれない


だからこそ

もう一度真っ直ぐに見据え、ただ一言のために唇を開く

私と違ってきっと何もないまま、死んだように生きることなど出来ない男に対して
監督としてもただの人としても絶対に言ってはいけない言葉を送り
下らない生にしがみつけさせるために



「――すまなかった…」


見開かれた目が見せた色を
染み付いた監督の顔で静かに見つめ返した

冬の終わりかけた乾いた空気が静寂に耐え兼ねたように宙に鳴り響く

「すまなかった持田…私が監督でさえなければ
 お前の足もきっと、もう少しはもっていただろう」
「…に、言ってんの」

それ以上言うな。
そう叫びそうな持田の姿を見つめながらハッキリ、わざと


より持田が望みそうにない言葉を選び続ける


「お前の不調を知っても私は間違った判断をし続けた
 お前は悪くないのに私がその足を潰した」

ガタン!とコンクリートで整備された地面に
松葉杖が投げつけるように放られて悲鳴を上げた

「いい加減にしてよ平泉さん」

薄く笑う口元
けれど黒いフードで陰る目元だけが全く笑ってはいないことに
どこかで安堵する

「さっきからわざと舐めたこと言ってさ
 そんな甘ったれた考えで仕事やってる人じゃなかったハズだけどなァ?」

握り込むまれたネクタイがギチギチと音をたてながら絞められていく感触に
細めた目元が微かに揺れた

「…下手な挑発して、何が目的だよ」

返答次第じゃ平泉さんでも容赦しないけど、と
喉元に掛かる力が分かりやすく込められていく

それが目的だと知ったら今度こそ軽蔑されるだろうか

「償いたいと…思っている」

どんな感情で見られたとしても
何も無いまま死んで行く姿ではなく
私を怨んででも生き続けてほしかった


「はっ…、」

鼻で笑うような声と共にネクタイを握り続けていた手のひらが
飽きた玩具を落とすように開かれる

「…持田…?」

「良いぜ。アンタが何企んでんのか知らねぇけど
 虐められたいってんなら期待通り俺のモンにしたげるよ、平泉サン」

目を閉じる前の一瞬に見えた持田の顔は
笑っているのかそうでないのか、何を見ているのかも分からなかった


「俺の足が壊れる前に逃げ出しておけば良かった、って
 きっと後悔するんだろうね」

「……とっくに…覚悟の上だ…」

後悔する覚悟などまだ持田が走れた頃には出来ていた



そして

最後にする覚悟がきっと、この男の壊れた死を看取ることだと



「(……滑稽、か…)」



それだけを信じて一生続く地獄の中へ歩き出した



籠に入れてモッチーを飼えないからこそ飼ってもらおうと頑張る平泉さん。
冬くらいのイメージだけれども
そんくらいまでモッチーの足はもつのだろうかとか思うと
言葉にできないくらい萌えます。
言葉にできない萌えを小説で書くとか馬鹿じゃないのかと思わなくもない。

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