「堺さん堺さん堺さぁーんっ!」
「……。」



  ツンデレに出来る素直な餌付けの方法



「おーい堺、なんかメチャクチャ呼んだけど…」
「聞こえねぇ。幻聴だろ」

目を合わせるどころか振り向く気もないと言わんばかりの堺の態度に
丹波は生理か?とボケようとして止めた

「…随分と不機嫌なのな。世良の奴なにやらかしたんだか…」

聞こえないように呟いたつもりが『世良』という名前を口にしたのと同時に
ガン!と金網のポールを蹴りあげた堺の姿を見て
こりゃ重症だ。と溜め息を吐いた







「で?なにがあったんだよ。お前」
「…何がって…何がだ」
「とぼけんなって、世良と!何かあったんだろ」

なにやらかしたんだアイツ。と煮物をつついた箸を顔の前で踊らせると
指し箸やめろ。とその手を叩かれる

そのままもくもくと食べる事に集中しはじめ、
答えようともしない姿に頬杖をついた

まぁつっけんどんな所もあるが基本的に堺は何だかんだ世良には甘い。
その堺をここまで意地にさせたとなると相当だ

「(…それか人前では話したくねぇ内容ってことか?
  寮の食堂ってのはチョイスミスったか…)」

酒が入れば口が軽くなるーなんて可愛い奴じゃないのは知ってるが、
それでも回りの目を気にしなくて良い場所の方が比較的マシだろう

「(…でもコイツ居酒屋だと説教グセが出っからなぁ…
じゃなくて、人前でしたくない話となると…)」

「アレか、ついに世良に告白でもされたか!なーんて…」
「あんなもん告白と言えるかっ!!」

バァンと叩き付けられたテーブルが揺れて
小皿のふちにひっかけていた箸がころころと間抜けな音を立てて
床へ落ちていった


「…へ?」

「あ…」


そうだコイツは、つっけんどんなのに詰めが甘い―――可愛い奴だったな。

そう思ってからとりあえず苦笑いを浮かべた





「――っぶわーっはっはっは!!
 世良のやつ!美味しすぎ…っくは、だははははははは…ッ!!」
「…笑いすぎだ」
「だ、だってよ!マジありえね…ひーひー…っ」
「……」

食堂の一角で爆笑の渦にはまった丹波と
苦虫を噛み潰したような顔で眉間にシワを寄せた堺という不思議な光景に
人もまばらになった食堂の中で丹波の笑い声だけが響く

聞き耳を立てようとした若手数人も
堺の大人気の無い睨み付けにあい、逃げるように食堂から飛び出していった

「で?世良に言われて…やってやったのか?手コキ」

すっかり絡み出して目の前で手を動かしながら聞いてくる丹波に
苛立ちながらも一応答えるのは
多分もうヤケクソになったか、世良の恥だしもう知らん。
みたいな気になって来たんだろう
どっちにしろヤケクソってことだ

「誰がやるかあんなマスガキにっ!…蹴りあげて帰ったっての」
「あーりゃま。逃げてちまったんだぁ」

逃げる、という言葉に堺の眉がぴくりと動いた


「……誰が逃げたって?」


滅多に聞けないドスのきいた堺の声にもたじろがずに
あっけらかんと丹波は言葉を続ける。

「だってなぁ、好きなやつに先に告白されたからって
 テンパるにも程があるだろ」

「…………え?」


ころころと、今度は堺が箸を落とす番だった











「堺さーんっ柔軟俺と…っうぅ…行っちゃった…」

「反応すらしねーとは…本格的にヘソ曲げたな。あー堀田んとこ行った」
「っ丹さん…んな楽しそうに他人事だからって…」
「いや俺も絶賛無視され中。」
「へ?そうなんスか?っ…まさか丹さんも堺さんに…っ」
「…お前なぁ…こっちはもうお前みたく若くねーの。
 まっ昔はそりゃ色々あったけどな〜」
「!!な!なんっすか色々って!丹さんそこんとこ詳しく…っ」


「……何話してやがんだアイツら…」

「…随分楽しそうにしてるッスね…丹さん」

遠目でも分かる悪巧み中の子供のような丹波の表情に
堀田の背中を押しながら前屈を手伝う堺も気が気じゃない

基本的に丹波は相手をからかったりするのが…特に恋愛話となると
大っ好きな奴なのだ
世良なんかは格好の獲物だろう

「…気になるなら行っても…」
「ば…っ気になるとか…違っ…た、ただその…準備運動とはいえ
 マジメにやってないのが気になるだけだっ」

思い切り言葉をぶったぎったことにも気付かず
早口になる堺に堀田の無言のツッコミが入る

「な、なんだよその目は…っ」
「…いや…」

黙々と柔軟に集中しはじめてしまった堀田を見下ろして思わず眉が上がる
丹波といい堀田といい…妙に引っ掛かる態度しやがって…


 ――好きなやつに先に告白されたからってテンパるにも程があるだろ


っ誰がアイツを好きだと!?あんな当たり前みたいな口調で…
あんなチビで頭足りないでバカばっかやりやがる奴を―――

口元を隠すように引き寄せた右手が震える。
あの時も、好きなわけないと一瞥しようとして何故か言葉が出てこなくて


 ――本気、っす…俺…ホントに堺さんのこと好きなんす


ガキだと思ってた世良の雄の目に一瞬、心臓を抉られた

「っ…嘘だろ…」
「?堺さん?」

タオル忘れた、取ってくる。と早口に伝えてグラウンドを背にする
ぽつんと置いてきぼりにあった堀田は「つわりか…?」と聞こうとして止めた







思い切り蛇口をひねって頭から水をかける

俺は馬鹿か、集中できてないのは自分じゃねぇか

「…世良の馬鹿野郎が…」
「す…すんません…!」

「!?」

弾かれるように振り返るとすぐ後ろには跳ねる茶色の髪に気まずそうな…

「…せ、ら」

テメェなんでここに、と怒鳴ろうとしたら
見上げるようにすがり付いてくる目とカチ合って息を飲む



 ―――堺さん



耳の奥であの時の声と重なって、弱気なままの世良の目にすら動揺しかける

何で俺がコイツなんかに動揺させられなきゃなんねぇんだ…っ

髪を拭くのすら忘れて大股でグラウンドに戻ろうとすると
通さないとでも言いたげに両手を広げた世良が道を阻む

「どけ!俺はテメェと違ってサボる気ねぇんだよ!」
「サボりじゃなくて堺さんを探しに来たんす!
 そ…それに暫く自習ってカントクが…」

思わず下唇を噛む
本当は自習なら俺はランニングしに戻るとか、
そもそも自習と自由行動は別だろ。とか
怒鳴り付けてやるだけの理由はいくらでもある

なのに、なんだって俺は…

無意識に目を逸らす。
これ以上付き合ってたら、…いや、付き合ってられない。
世良の横をスリ抜けようとした瞬間、広げたままだった両腕に身体が捕まった

「なッ…放せ!」
「嫌っす!…ここんとこずっと堺さん俺のこと避けてるじゃないすか!」
「当たり前だっあんなー」


――堺さんのこと好きなんす


「っ、マネ…しといて…」
「……その、迫ったことはすんません…
 でも俺。告ったこと自体は絶対謝らないっすから!」

締め付ける腕の力に一瞬たじろぐ

「それに俺…っどうしても堺さんに聞きたいことがあって…
 それ聞くまでは放せないんすっ」


ぎくりと心臓が跳ねた


「な、…何だよ」

コイツからされたのはまともな告白じゃない――でも俺も、まともな返答をしてない

まさか、今更聞く気かよ。
俺に…あんなことの返事を、

世良のことをどう思ってるかなんて


「堺さん…」

ふいに腕が放され、真っ直ぐに見上げてくる世良の口元が
ぎゅっと一度閉まってから大きく開いた


「丹さんと昔AVも真っ青な爛れた日々を送ってて
 まだ身体がそれを忘れられないって本当っすか!?」


がご――んっと膝から落ちた衝撃で丁度良い高さすぎた世良に
思い切り頭突きをかました


「いってー!まじ痛ってぇっす堺さーんっ!」
「ッるっせーこの馬鹿!どういう神経してんだ!!」
「なっ…俺だって聞くのマジ恥ずかしかったんすよ!?
 でも丹波さんがそう言ってたから…
 堺さんがそんな風に悩んでるんなら俺も男っすし
 テクにはそこまで自信ないっすけど案外サイズはあると…!」

あ。堺さんにはもう見られてたっすね。
と付け足した瞬間ブチブチと頭の血管が切れた気がした

「死ねッ!その自慢のナニと一緒に死ねッ!!」
「ぎゃーっ!いででいでーっ!さがいざんっ!
 スパイクで電気アンマは勘弁してくださ…っみぎゃー!」

潰れる!マジ潰れますから堺さんすんませんでしたぁあああと
命乞いの用に叫ぶ世良の声に頭の血管が切れそうになった

「あぁもう信じらんねぇ…っ
 …なんでお前はそうなんだよっ!
 ガクッと空気冷めさせやがって!あのままだったらー…」

「へ?」

自分で思うより先に出てしまった言葉に思わず口元を覆う
頬が赤くなっていくのが自分でも感じられて死にたくなった

「…………」
「わーっちょっと待って下さい堺さんっ!
 なんで無言でダッシュしようとしてんすかーっ」

ほとんど反射的に立ち去ろうとしたのに
それ以上に早く反応されまた逃げ出せなくなる

「もっ…もしかしてなんすけど…堺さんも俺のこと好きだったり…っ」
「……っ!」
「な、なーんてそんなわけ無いっすよね!あはは…は」


表情を凍らせたままの俺を見上げ、
必死さのこびりついた世良の笑みがしおれていく

捨てられた犬のような表情は前に見た、あの時と似ていた


ぼんやりと、包帯の巻かれた足を見下ろしてはため息をついて
顔を上げたかと思えば練習が終わり
キッズクラブの少年たちが駆け回る芝を
どこか羨ましそうに眺めている姿――


殆んど無意識に、
仕方ねぇな。あんなとこで落ち込まれてっとウゼェし邪魔だし。
と心のなかでしっかりと呟いてから
いつの間にか世良の方に僅かな早足で向かっていた




「…世良」

てっきり返事をすると思ったが
顔を上げただけで世良の動きは止まり、落ち着かない目とカチ合う

なんだよ、俺が悪いみてぇじゃねぇか
チッ…と軽く舌打ちをしてから観念するように言葉を続けた

「…さっきの馬鹿な質問と…この前便所でした
 もっと馬鹿な発言の答え
 …次の試合の内容次第で答えてやる」
「!!」

ぶわっ!とまるで切れていたスイッチが着いたかのように
みるみるうちに世良の顔に血気の色がみなぎっていく

あんまりに分かりやすくて少し気分が良い

「(…っとに、犬みてぇなやつ)」

まだこっちの手の内にある餌だというのに
気付いた途端馬鹿みたいに尻尾振り回して

「(……まぁ…バカ犬も嫌いじゃねぇけどよ)」

世良にバレないようにわざとそっぽを向いてから喉の奥の笑いを隠した


「さっ堺さん堺さんっ…結果しだいってどんくらいっすか!?
 い、1アシストくらいで…」
「はぁ?そんなもんで答えるかよ。FWが点とらねぇでどうすんだ」

「じゃ…じゃあ1点とったら告白の返事で2点とったら浮気してないかで…
 ハットトリック決めたらちゅーして…あだっ!」
「何がちゅーだ馬鹿。調子のんな」

ベチンとアホ面を叩いてからタオルを回収してグラウンドに歩き出すと
今度はしっかりと後ろをついてくる気配がして、やれやれと溜め息を溢す


「良いじゃないっすか約束くらい…堺さんのけちんぼー…」
「聞こえたぞこら。結果出すまではお預けだからな」

っても引退までのタイムリミットつきじゃどうなるのか。
――もしまた、うやむやのまま逃げることになったら…
なんてことは何故か考えたくなくて

「あの、堺さん」
「あ?」

ぐい。と後ろから手首を捕まれ、振り向くと今にも叫び出しそうなほど
らんらんと目を輝かせたまるっきりバカ犬が見つめてきていた


「…俺、マジで頑張りますから…!期待しても良いんすよね…」
「!……っ」

一瞬、尻尾をふっていただけのまだガキみたいな犬の顔から
妙に熱っぽい、雄の顔になった気がした。


それが何故か悔しくて、
馬鹿言ってんじゃねぇと返すつもりを少し考えてから
わざと後ろからの大声を打ち消すように
「すれば良いだろ」と吐き捨ててやる

「えっ!?」

えっえぇっ!マジで!?マジっすか堺さん!と
半分引っくり返ったような声が追いかけてくるのが妙に楽しくて
今度こそ吹き出してしまう


暫くはそのアホ面のまま期待しながら尻尾ふってろ
俺の手の中の甘い餌についてこい



「マジ大好きっすから!待っててくださいね堺さーんっ!」
「あーもーるっせー」



どうせ答えるつもりの俺の気持ちは
お前のためだけの餌なんだから





思ったより普通にイチャ付かせられて自分でびっくりです。
世良は何点取ったら結婚して貰えるか真剣に考えてれば良いよ
そして多分引退後だろうと何だろうと点取ったその足で堺さんの家に行くであろう
30代になってもなお若い世良を期待。
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