「…あー…最悪っすね」
「こっちのセリフだバカサキ…っ」

ぎすぎすと澱んだ空気は逃げ場の無いまま
狭苦しい用具室にこもっていた


            想い熱


「大体何だって鍵壊れんだよ、意味わかんねぇ…」

「前々から建付け悪かったボロドアを
 アンタが力任せに閉めたからでしょうが」
「あ!?俺だけの所為だってのか!
 そのドアのノブにぶつかったのはテメーだろうがっ!」

――そう、シューズの予備を取りにきた赤崎と
空気の抜けたボールを取り換えにきた黒田が
偶然ここで鉢合わせ、そして偶然機嫌を損ねたドアが開かなくなり
閉じ込められて今に至る

「練習時間じゃなきゃケータイ持ってんのに…だーっくそっ!」

軽く抜けてすぐにグラウンドに戻るつもりだったので
2人とも練習用のジャージのまま、ポケットには何も入っていない
赤崎に至っては上にウェアすら羽織っていなかった

「つーか何でよりによってバカサキなんだよ…あー気分悪ぃ」

「それはこっちのセリフっすよ。
 さっきからウロウロうっとおしいんで良い加減座ったらどうっすか」
「っだとテメェ!ドア開けようとしてんのが分かんねぇのか!」
「何度も開かないことは確認したでしょうが…だから無駄に体力使うくらいなら
 誰か探しにくんの待ってた方がマシって言ってるじゃないスか」

…アンタと2人ってのが心底面倒ですけど。と付け加えられた
素直すぎる発言に、またギャイギャイと不毛な言い争いが繰り広げられる

元からそりが合わない上にこの状況下では
朗らかな空気になるはずもないのだが
エスカレートして罵詈雑言の嵐へとなり始めた口喧嘩の内容は
もしこの場に村越がいたら3日は消えないシワを眉間に作っただろう

「―――っもう勘弁ならねぇ!表出ろてめぇえっ!」
「だから出れないからこうしてんでしょうが!
 そのハゲ頭の下は中身入ってないんすか?」

もう完全に胸ぐらをつかみ合って、いつもなら誰かの静止が入るところだが
残念ながら止める人間は誰も居ないとなれば
それこそ醜い乱闘騒ぎが始まる瞬間に
ふぅ、と小馬鹿にしたような溜め息を赤崎がもらした

「まぁ杉江さんも居ませんし。殴り合いは勘弁しといてあげますよ」
「はぁ!?何でスギが関係あんだよ!」
「…だってアンタ後輩相手にマジのケンカなんて出来ないタイプでしょう
 でも負けたらそれこそ示しがつかないからって
 止めてくれそうな杉江さんとつるんでんじゃないんすか?」

「な―――ッツ!」

ガタン!と立ち上がった勢いで黒田のぶつかった棚が悲鳴をあげる

ぶつかったことを気にする余裕もなさそうな程に
怒りを表に出す黒田を赤崎は 本当に分かりやすい奴だ。と
馬鹿にする気を隠すこともせずに笑った

「俺がスギをんなことのために利用するわけねぇだろ!!」
「…どうっすかね。アンタが気付いてないだけで
 似たようなことしてると思いますけど?
 俺ら従わせるときだって越さんの存在を使ってたじゃないすか」
「ッあ…アレ、は…っ」

「違うとでも言いたいんすか?…自覚もないんじゃ底なしの馬鹿っすね」

ぶるぶると震える黒田の拳を視界の端で見遣り
そろそろ殴りかかってくるか、と赤崎は軽く身構えたが
一向にその気配はない

「(殴ったら負けとでも思ってんのか…下らない意地だけは相変わらず…)」

チッ、と気を使うそぶりも見せずに強く舌打つ

「とにかく無駄につるんでるんすから少なくともアンタを探しには
 来るでしょうし、だから待ってれば良…」
「……来ねぇよ」

先刻までの怒鳴り合いからは想像もできない小さな呟きは
この狭苦しい用具室でなければ耳に届く前に消えていたかもしれない

「ETU入ってからずっとつるんでっし俺はダチだと思ってっけど
 …アイツがどう思ってんのかは一度も聞いたことねぇんだ」
「は?」

無意識に出た赤崎の疑問符は
ぽつぽつとしかしゃべらない黒田の言葉に軽く流される

「今更聞けねぇし、テメェみたく利用されてるって思ってるけど
 良いヤツだから付き合ってくれてんのかも…しれねぇし
 …やっぱたまに迷惑そうな顔してっし」
「………。」

「サッカーのために我慢してんだとしたら
 そのサッカーの練習サボってまで俺を探したりしねぇだろよ」


何で傍にいてくれてんのか、わかんねぇんだ。


最早独り言になっていた黒田の言葉が終ると
無駄な静寂が用具室を包んだ

「(意味分かんねぇ…本気で言ってんのかコイツ…)」

居心地の悪い沈黙に赤崎は思い切り眉をひそめた

「(…意外…だったな)」

黒田のようなタイプはむしろ
こっちが何を言おうと何の確証もなしに探しにくると信じ込むと
そう思っての軽口だったというのに

「(追い詰められるとメンタルにそのまま動揺が行くタイプだったか…
 ……っとに面倒くせぇな…
 あれだけ傍にいといて聞いてなきゃ好かれてるか分からない?
 …どんだけ甘ったれてんだよ、ガキじゃあるまいし)」


2年一緒にやってて、名前すらマトモに覚えてもらえずに

隣どころか走りまわされてるだけで
…確実に探しに来ないだろうし、それどころか一生居なくなっても
きっとあの人は次の犬を探すだけだろう


  ―――あぁそうかい。じゃぁ新しい犬を躾けないとね


そんな声が、聞こえた気がした

「(うじうじウゼェんだよ…いつもの馬鹿面で自惚れてろよ…!
 アンタのウザさがうつっただろ。くそ…)」

どんなに睨みつけても俯いたままの頭は動かないままで


杉江さんが居ないと前も向けないのかよ

杉江さんのこと考えてたら今隣に居るムカつく後輩になんて
目も向けないのかよ

「―――黒田、サン」
「……んだ…よ…っ!?」

赤崎の腕が勢いよく黒田の身体を引き寄せる

一瞬殴りかかられたのかと勘違いして顔を跳ね上げ
目を丸くする黒田に満足感のようなものが赤崎を満たした

「(…やっと俺を見たのかよ)」

「なっ何してやがんだバカサキっ!ちょ…離せっての!
 突然なんだっつーんだ…っ!!」

抱え込む腕に、じわりと力がこもった

「…寒いんすよ。この部屋。」
「は?」

「アンタの方で助けが見込めないんじゃ時間かかるでしょうし
 …かわいい後輩に凍死されたくないでしょう」
「10月の東京で凍死なんざするかっ!」

突っ込み所それで良いんすか、ホントにアンタ馬鹿ですよ。とは
一応心の中に留めておいた

「…やっぱ体温高いっすね」

「ちっ…し、仕方ねぇなぁっ!
 テメーなんかでも風邪ひかれたら後味わりぃかんな!
 やさしー先輩に感謝しろよっ」
「はいはい。そうですね」

「!! あ…赤崎?まさかほんとに風邪ひいて熱とかあんのか!?」

慌てて自分の着ていたウェアを赤崎の肩にかけようとする
必至な黒田の姿に赤崎の眉間に思い切りシワが寄った

――たまに優しい後輩してやればこの態度って…

毒づく代わりに深く溜め息を吐くが
肩にかかる温かい感触に何も言えなくなる

「(…そういや…暑苦しいとかはあっても
 温かいって感じるのは初めてだな…)」

いつも隣に居るあの人なら、最初からこの温度を知っていたんだろう

そう思うと隣どころかケンカ以外ではマトモに目も合わせない相手が
今腕の中で大人しくしていることが信じられなくて
赤崎はじっと黒田の輪郭を見下ろした

相変わらずの坊主頭で、けれどその視線は気がつけば
まっすぐに開かないドアを見つめていた


その視線はなんだかんだ言いながらも
あの人が来ると信じている――そう言っているようで


腕に力を込めようとして何故か指先が震えた

「(アンタ、一番近いあの人にすら好かれてるか分からないんでしょう)」

なら…もしも目も向けない、
背を置いたままのただの後輩が――

「おいバカサキ。…んだ、もう寝てんのかよ」

短い前髪が表情を隠すほど強くうつむいた赤崎の耳に
黒田の声が響いていた

「寝てませんよ…」

絞り出すように返事をするが
見上げるように赤崎を仰ぐ黒田の目に強く唇を結んだ

「?…赤崎?」

殆ど意識もせずに体が動くなんて試合以外でもあるのだと
どこかで自分に関心さえして、
自嘲にも似た笑いが赤崎の口端を歪ませた


「!ッ、どわっ!?」


隙間から入り込む外気に冷え切っていたコンクリートの床に
抱きしめたまま覆いかぶさるように倒れ込んだ

冷たい床と温かい身体の両方が赤崎の下で混じり合う

目を白黒させたままの黒田を無視して
睨みつけるように無機質なコンクリートを見つめた

「おいバカサキ!重っ……赤崎?」

文句を言うつもりで口を開いたであろう黒田の声色が
覆い被さったまま動かない赤崎に心配を帯びたものに変わっていく

倒れたとでも思ったのだろうか、
――本当に馬鹿じゃないかアンタ

「あかさ…き…?」

アンタこんなに俺を見るの初めてだろ、なぁ

「…黒田――さん」


好きだなんて言ったらずっと俺を見てくれるのか?


 ドンッ!

「 ! ! 」

「クロ?ここに居るの?」
「!っスギ!」

一瞬自分の心臓の音かと思った
そう感じるのと同時に急激に頭が冷えて行く

「ドアが開かねぇんだよっスギなら多分ブチ破れっから、
 頼む!なんか赤崎のヤツ体調わりぃみたいで…っ」

いつもの大声が酷く頭に響く

本当に風邪ならまだ救いがあったろうに


引き剥がれるように黒田の上から体をどかすと
重なっていた感触も温度もあっさりと消えて行って

――――ドガァン!!

「クロ!赤崎!」
「スギっ!!」

蝶番を歪ませて分厚いドアが開き放たれた

身体の拘束の無くなった黒田は
赤崎を振り返らずに杉江の元へと駆け出す

その後ろ姿が滲んでいくのを気付くものかと
前髪をかきあげるように自分の視界を掌で覆った

「クロは一応監督に話して、出来れば医務室のベットも確保しといて
 いざとなったら運ぶのは俺がやるから」

おう!と強く返して走り出す足音が無神経に赤崎の胸に刺さった


「赤崎。立てる?」
「……別に…黒田サンが無駄に騒いだだけっすから」

平気です。と繋げるつもりだったのに
喉が詰まったかのように声には出来ないで終わった

「…クロも赤崎も何もなく練習サボるヤツじゃないから
 何かトラブルかなって探してたんだけど
 クラブハウスの中広いから」
「杉江さんには…黒田、…サンは大事っすからね」

何を言っているのか自分でも良く分からなくなっていく
こんなうっとおしい感情に振り回されるなんて冗談じゃないっていうのに

「うん。俺はクロを探してたから
 でもここに探しに来たのは王子がこっちに行く赤崎を見てたから
 …本当に一緒に居るとは思わなかったけど」

赤崎のおかげで俺はクロを見付けられたんだよ。と
その言葉が泣きそうな程に何故か悔しくて
それでも、偶然でも、王子が俺を見ててくれたことが
耐えられないほどに嬉しくて

「…杉江サンまでパシるなんて…王子らしいっす…ね…」
「動き回るのは向かないって言ってたから
 多分あの人なりの探し方だったんじゃない?」

王子も黒田も居なくて良かった
こんな顔、見せられたものじゃない

嗚咽を噛み殺すのに精一杯で立ち上がれないままの姿を
杉江さんはただぼんやり微笑みながら見ていた


「(この人以外、アイツが見るワケもない…)」


そんな笑みだと、ふいに気付いてしまって


きっとあの気持ちも何もかも熱にうかされた幻覚だったんだと
強く強く自分に言い聞かせた

そうでもしないとあの熱が戻ってきてしまう気がして


もう医務室から戻ってきたのか
遠くから聞こえる耳障りな声にもう一度強く視界を覆った



スギクロとジノ←ザキ前提で気の迷いもどきのザキ→クロ
なんでザッキーってこんな片思い似合うんだろう。
とりあえずウジウジ野郎合戦です
途中まで健全と言い張ろうかとも思ったけど
面倒だから押し倒させたよ。(正直に生きてみた)

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