まだ歓声が聞こえてきそうなフィールドを見下ろしながら
今の今まで呼吸すら忘れていたことに気付き、大きく息を吐いた。

「やった…な…達海」

誰に聞かせるでもなく呟いた後にふとその姿を探す。
もう控え室に帰ったのか、選手達の姿すらもうまばらになっている。
残っているのは興奮冷め止まぬといったファンが少しと
機材の片付け中のマスコミぐらいだ。

早く控え室に行って祝杯でも挙げさせてやろうと席を立った瞬間、

「…達海?」

守り通したゴールポストの裏で
フィールドを見つめたままのカーキの上着が目にとまった






「ン?…どったの後藤」


ゼェハァと息を荒らして駆け寄った後藤に
軽く振りむいた達海が声をかけた

「…お…お前がこんな所で立ちっぱなしだから
 何かあったのかと思って走って来たんだよ …関係者席から」

途切れ途切れに伝えると達海はあまり興味無さそうに
フーンと言ってから関係者席を見上げ

「ゴクロウサマ、やっぱ年?体力落ちたんじゃない?」
と、付け足されて、
溜息を吐いてから大きなお世話だ。と呟いた


しかし直ぐに達海はまたフィールドを見つめていた。

「今日の試合さぁ、鳥肌たった。きっもちいいのなー」
「…あぁ、俺もだ。」

素直に微笑むと達海はにへっと子供のように目を細めて笑った

「大勝利!これで暫くは後藤のクビもなし、だろ?」
「まぁな。…って人事みたいに言うな。
 俺とお前のクビは一蓮托生なんだ」

そーいやそうだっけ。と
また笑った達海を見て何故か現役時代を思い出しかけた瞬間
ぼすっと胸元にぶつかってきたのは達海のクセっ毛だった

「おい達海?疲れたのか?」
「んー?」

首元で踊る赤茶の髪が横に揺れる。

そうじゃないーと小さく聞こえた気がして
ふと、そういえばこれが昔から達海が
甘えたいときにするクセだったと思い出す。

「控え室まで連れてってやろうか?
 それかドリンクなら持ってきて貰うが…」
「なんか今日の後藤やさしーじゃん」
「…まぁな。これだけ良い試合作ってくれたんだ
 なんだって言うこと聞いてやるさ」

じゃあ行くぞ、と手を引いて控え室に向かおうとしたが
達海の足はゴール裏から動かない

「達…」

「じゃあちゅーして」


吹き出しかけた。

三十路を越えた男がちゅーとか言ったことでなく
その誘い文句に動揺してしまう自分に引いた。

「………………あー……後で…な」
「ヤダ。ここで。」
「ここで!?」

自分の素っ頓狂な声が響いて慌てて口元を押さえた

「た…達海?…後でで良いだろ?さすがにここでってのは…」
「いーじゃん。祝杯の代わりにさぁ。
 今夜の居酒屋代ワリカンにしてやっから」

それでも割り勘なのか、とかズレたツッコミが頭に浮かんだが
何の解決にもならなそうなので黙ったままで居た。


今問題なのは達海のおねだりだ。


ちらりと横目で周囲を見渡すと
まばらながら未だ人目は充分あった。

いくらチームの勝利後でハメを多少外しても許される日とは言え
GMと監督が試合後のグラウンドでそんなマネをすれば
間違いなく週刊誌に名を残すどころじゃない。

「あー……あのな達海」
「ここでキスする勇気もないんなら別れるぜ」

なんとか話題を変えようとした瞬間
女子高生のようなとんでもない発言が飛び出した。

「なッ!?」
「そーだな、椿とでもしよっかな。
 今日のゴールのご褒美とか言えば泣いて喜びそうだし」
「ま…待て達海!!」
「それか…たまにはジーノとかでも良ー…」


気がついた時には目の前のゴールネットを引っ掴み
達海にキスをしていた


こんなコートの袖じゃせいぜい
顔の半分を隠せる程度の気休めだろうに。

その上、自分的には一世一代の大勝負レベルで
キスしたつもりだったが、寸での所で腰が引けた所為か

ほとんど触れただけの、
小学生の頃のようなキスになってしまった。


しかもおでこに。


「……………あ…いや……。
 と…、とにかく!もう控え室に戻るぞっ
 選手も待ってるだろうし…」


「ヘタレ。」


うぐッ!とその一言だけで倒れかけた。

会心の一撃。
そんな言葉が浮かんだ。

「お前さぁ、前もこんなんなかった?
 俺の初ちゅー奪おうとした…ほら、俺がETU入った年。」
「…それは2回目だろ… 初めてしたのは小学生の頃だ」

マセガキーと冷やかすように言われさらに凹んでいく。
あの時だってお前がしたいって言い出したくせに…

そうは思っても何も言えずにいると
ポリポリと、少し困惑したように達海が頭をかいていた

「達海?」
「まぁ…ようするに俺お前がヘタレなの知ってっし
 大人になって色々しがらみとかできたじゃん?
 …んーっと…ようするに、だ」

手を後ろに回して足を交差させる。
ちょっと悪いことをした後の達海のクセだ。

「もーちょっとからかったら
 冗談だって言ってやるつもりだったんだよ」

「はぁ!?」

今度こそ口元を押さえる余裕もなかった
さっぱり分らないまま聞き返すと
だーからぁ。と達海が唇を尖らせた。

「ぶっちゃけ後藤には
 そんな度胸ないだろうなぁって思ってたの。」
「っ…なんだそれ…こっちがどれだけ…」

怒る余裕もなくへなへなと力が抜けて
猫背になったまま何度目かの溜息を吐いた。

「うん。でも後藤ってば
 一応とはいえ、してくれたじゃん?」



嬉しかったから、もういっかい。



そう言われた時にはもう達海の腕がコートの襟をかすめて

あぁ。もう良いや。
人の噂も75日。

さすがにスポーツ新聞に載ったら
胃が痛くなるかもしれないけど



週刊誌くらいなら…我慢しよう。






気が付けばあの日、
ハットトリックを決めた達海を
抱きしめたよりも強く抱きしめていた


ヘタレた後藤さんが書きたかった…だけっ!
あと達海さんのクセは言うまでもなく捏造です。
いい年こいたおっさんたちがいちゃこらしてるのが
超大好きれす。
てっか達海さんが気が付いたら高校生くらいでも
いけそうな気がするんですが気のせいですか。

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