「…だって黒田、俺のこと好きだろ?」

突き付けられた言葉に心臓が止まりかけた。



      酷いのは馴れ初め



テクニックもパワーもあって、長身のDF。
先日代表にも選ばれたと聞いた。

同じポジションでなければきっと心の底から
スゲェ選手だ、と憧れすらしたかもしれない。

「考えごと?黒田」

あぁそうだよ。考えごとしてんだから話し掛けんな!と
怒鳴り散らしてやりたいのにそれすらできない。

たった一言で何もできなくなるほど追い詰められた自分と
あまりにもいつも通りな声色の杉江との両方に腹が立つ。

「(何で、こんなに冷静なままの奴の言葉に
 ここまで動揺させられなきゃいけねぇんだよ…っ)」

どうしてここまで、違うって思い知らされるのか。


情けなさで吐きそうだった。



同い年で、ETUにはいったのも同時期、しかも同じポジション。

なのに結果を出すのはいつもコイツで

それでも泣き言をいう気もないし、こっちだって結果を出せば良いと
がむしゃらに練習して―――今日だってそうするはずだった。

練習場に向かう途中でコイツに呼び止められて



人気の無い、冷えた廊下の上で突然のキスをくらった


息苦しさに抵抗しようと、もがいた時にはもう既に
両手を頭の上に掴み上げられていた。

しかも片手だけであっさりと両手を押さえつけられて
そのまま壁に背中が貼り付いた

「っ!テメェッ!…放…っ」

軽く爪先立ちになってしまう足をバタ付かせても
目の前の男は顔色一つ変えないであの言葉を言い放った。




―――好き?俺が、杉江を?


「っ、…に…言って…」
「さっきも。全体練習の後、ずっと俺のこと見てたろ」

素直に図星を刺されて息をのむ。


練習後、人一倍汗だくになる俺と比べて
杉江が激しく息を切らせるところなど殆ど見たことがない。

スタミナすら勝てないのかと思うと悔しくて
つい横目で杉江を睨むように見つめるのが
ここ最近クセのようになってしまっていた。

今日も同じように両膝に手をついて息を整えながら
杉江を目で追っていて


ぐっと息を止めて、唇を強く結んだ瞬間 コイツと目が合った


「――――、…ッ」


至近距離で見つめられている今の状況からすれば
そんな偶然にも似たモノが何だと言う話なのだが
何故かあの時の俺は、酷く心臓がザワ付くのを感じて目をそらした

「あれ…?何だ、もしかして気付いてなかったの?」
「き、気付くもなにもねぇだろ…っ何考えてんだッ!」

変に息を吸ったせいで声がかすれた

そのくせ廊下の反響で妙に大きく響いて
この時ばかりは自分の地声のでかさを恨んだ


そして改めて感じた廊下の無機質な雰囲気に血の気が引く

「そうだここ、クラブハウスの廊下…もし誰か通ったら……杉江…!」
「…考える時間はあげたのにあんまり大事なことは
 考えてなかったんだ。」

まぁいっか。と杉江のため息が顔にかかる
ため息を吐きたいのはこっちだと恨めしくもなったが
手首が解放された途端の現金なほどの安堵に打ち消された。

その瞬間――――


「!!?」


揺れたと感じた時にはもう視界がぐるんと回転して
気が付けばすぐそばにあった用具室の中に引きずり込まれていた。

「どわっ!」

転ぶのとほぼ同じ状態で床に尻もちをつく。

顔を上げたその視界の奥、杉江の肩の後ろで
ドアが激しく揺れてから勢い良く閉まって


どこか直感めいたものが
多分今、逃げるための最後のチャンスが無くなった――と告げた


「ここなら良いでしょ、あとは?」


もう言い訳は…無い。


ぼんやりと、それでも真っ直ぐに見据えてくる杉江の目が
妙に気持ち悪くて咄嗟に目をつぶると
固く閉ざした視界の向こうで杉江がくすりと笑った気がした。


自分でも違うだろ、と突っ込みを入れたかった。

早く、コイツを突き飛ばしてでも
ここから出て…コイツから離れないといけないのに。

ただ目をつぶって震えてるだけなんて女子供じゃあるまいし


「…もう観念したんだ」


そう、なのか?…チクショウ

俺はコイツに良いようにからかわれて
泣き寝入りするような奴なのか?


「――――嫌だ…っ」

「黒田?」


殴りつける勇気もないまま拳を握る

「嫌だっ…お前に、こんな……」

こんな風に負けを認めるなんてあんまりじゃねぇか
そうは思ってもできることは弱々しく頭を横に振ることだけだった。


 ―――だって黒田、俺のこと好きだろ?


耳の奥で杉江の声が繰り返される


「俺は…絶対お前なんて好きじゃねぇんだ…ッ!」


赤く痕の残る腕で顔を覆ったまま叫ぶ
まるで泣き声のような自分の声に耳を塞ぎたくなった

こんなにもぐちゃぐちゃに掻き回されるのは
多分俺がコイツを―――

…それでも、こんな形で負けたままそれを認めるのだけは御免だ。


「…そっか。キスして欲しそうだったから
 てっきり俺のこと好きなんだと思ったんだけど」

「!?」

なんだそれ、そんな理由あんまりだろ?
キスして欲しそうだったって…俺がか!?

「立てる?手貸そうか」
「いらねぇっ!」

もう用は済んだと言わんばかりにさっさと立ち上がっていた杉江に
差し出された手をばちんと叩き落とす。


とにかくもう色々と疲れすぎた。

杉江が出て行ったらこのまま床に倒れこんで寝てしまいそうな程で

あぁ、そうだ寝ちまおう。

明日になったら顔洗って、コイツを殴って
それで何もかも忘れちまうのが一番良いー…

「黒田」
「…お前まだ出てってなか…っ」


2度目の感触だというのに
相変わらず反応ひとつできないまま凍りついた


……ヌル。


「ッ!!」

カサ付いた半開きの唇の間から熱を帯びた舌先が入り込み
好き勝手に口内で這いまわる

「…!ふ、ぁ…。ぅんん〜〜ッツ!!?」

なん…だコレ…っ?


頭の芯が痺れてまともに息すら吸えないで
ぞくぞくと肌がザワめいていく。

正直な話男は勿論のこと女とも殆ど付き合ったことのない身では
理解でき得ないほどの快感だった。

快感だと理解するには余裕が無さすぎたのだが


「ん…は……っうァ…あ…」

口端から零れ落ちた唾液が顎を伝ってシャツの胸元を濡らす

足をバタつかせる力すらないままで
与えられる感覚に溺れた。


「(マジ…なん、なんだ…よ…っ足、ふるえて…も…)」

ガシャ――――ン!


「!!」

響き渡る音に反射的に杉江を突き飛ばした

杉江の方も想定外だったのか
突き飛ばされるままに身を仰け反らしていた


ガシャーン

もう一度響いた音に窓から練習場を見やると
どうやらシュート練習で蹴ったボールが外れて
ゴールの後ろの金網を揺らす音だったらしい。

とにかく助かった…と心の中で安堵のため息を吐く。

あのまま流されてたら
…まずいことになってた気がする。

心臓はまだ延々とうるさいが
それより先にコイツに文句を言わないといけない。

「お、お前何でまた…っか、勘違いだって…」

勘違い――と言ってはみたものの
本当にそうなのかと聞かれたら俺はちゃんと
そうだと言えるのか、…自信はない。


「さっきのは黒田がして欲しそうだったからしたけど
 …今のは俺がしたかったからしたんだ」
「……………は…?」

あれ、言わなかったっけ。と首を傾げてから
腕を掴まれて引き寄せられる


「俺黒田のこと好きだから」


…寝耳に水にもほどがある


「両思いならキスしても良いかなぁと思ったんだけど
 やっぱ振られるのやだから俺のこと好きになってくれない?」


―――絶句。っていうのはこういう事なんだろう

自分ばかりが振り回されてると思ってはいたが
もしかするとコイツ…最高に自己中な奴なんじゃねぇか?

半ば呆れ顔になったまま固まった俺に
アイツはもう一度キスを落とした


とりあえず寝かせてくれ…と俺が情けない泣き言を言うまで
杉江からのキスは止まなかった。





なんだかんだありはしたもの結局というか
いつの間にか付き合い始め、もうひとつ分かったことがある。

代表合宿から帰ってきたコイツに初めて抱かれ
心臓の音があまりにうるさくて羞恥で死にそうになったとき

うっかり気付いた。気付いてしまった。


「(…あれ?)」

切羽詰まった鼓動が2人分聞こえる

そう、なんてことはない。
初めっから俺が勘違いしていたんだ。

コイツが涼しい顔で何事も余裕綽々にこなしてるってのは
パッと見だけで、本当は結構バテたりキレたりと
実は俺以上にやっかいな奴で


ようは本人無自覚の天然ムッツリ野郎ってこと。


「(……勘弁しろよ…)」

まだ多分気付いているのは俺だけなのが一層性質が悪い。

いつの間にか越さんたちの中にすら
俺のお目付け役というイメージを植えつけて
今ではすっかりセット扱いを受けているのだ。

「クロ、どうしたの?」
「……なんでもねぇ」

まぁ好きって自覚があるのに突っぱねちまう俺には
無自覚で突っ走るコイツが…一番合ってるのかもしれない。

「…ちょっとこっち向いて」
「あ?何…」


ちゅ。


また隙を突いての前振り一切無しのキス


「ッ…また何しやがる!このエロスギっ!!」
「だってキスして欲しそうな顔してたから」

ちなみに今ではさすがに慣れてきて
直ぐに引き剥がせるようになった来た。

「!…だ…誰がそんな顔したってんだ―――!!」
「クロ声うるさい。」


響き渡る怒号にもすっかり慣れきったETUの面々は
さっくり無視して次の試合に励むべく
パーカー姿の新任監督の元に集まっていた


クロに自覚があるのかないのか。
多分あんましなかったのを無理矢理スギに自覚させられた所為で
よりいっそう困惑模様でブン回されるクロが書きたかったんだ。
気分はジャイアントスィングくらいのアレで。
スギは無表情でかつ容赦なくブン回すよ。(酷くね?)

途中まで真面目に頑張ったけど
結局ギャグになったよ★酷い!

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