「…はぁあ……コータあんな怒らせて…俺かっこわりぃなぁ…」

溜め息を吐いてからごちそうさん、と喉に詰め込んだ朝飯を片付ける

テーブルに頬をぺちょりと付けるとこのまま二度寝でもしたい気分になったが
もう店を開ける時間だろ!と叱かりつける声にへいへいと重い腰を上げた


店番用の小さな椅子に座って通りの人々の行き来をぼんやりと眺める
重かったのは腰だけでなく、あの日の試合以降気分もずっと重いままだった

コータはあんな態度のままだし、騒ぎを起こしたということにも
ちくちくと胸を痛ませられ
何よりー…

「……試合…見に行きてぇなぁ…」

ぽそりと呟いてしまえば広げられたままの雑誌も色褪せた気がした
溜め息をつこうとしたのと同時に ジャリ、と床石が小さな音を立てたのに顔を上げ

「んあ…いらっしゃ…」

ばさりと雑誌を取り落とした


「ッは…羽田っ!? おっお前なんでこんなとこに…っ」


トレードマークであろう首元のタオマフやロゴ入りTシャツでないのは
試合用じゃない私服だからかとか考えてる余裕があるわけもなく

パニック状態で固まったままの店主が
殴り込み!?とまで思考を飛躍させている隙に羽田はポケットから何枚かの札を出し
レジの横に置いてあった 自宅配送サービスのチラシにボールペンを走らせていた

「なんでも良いからこの値段分、アンタが持って来てくれ」

「えっちょっ待…っ」

慌てて立ち上がった時には 頼んだぞ、という羽田の言葉と
これから行かなければならなくなった住所の書かれた用紙だけが残され
ただ呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった






「……意外だったな」
「へ、…え?」

林檎とトマトとさくらんぼ、と
なんとなく赤い色に片寄ってしまったなりに色々と詰め込んだ段ボールを見て
羽田は開口一番そう呟いた

「きっ…きらいなモンとか有ったんなら取り替え…」
「アンタが来ると思ってなかった」

なんだそりゃ 自分で俺に来いって行ったくせに

と言っても散々店であれこれ考えながら
母ちゃんに代わりに行ってもらえねぇかなとか
せめてコータが帰ってきてくれたらと 悪足掻きをしていたら
とっとと行ってきな!とケツをひっぱたかれて来たのだが

「じゃあこれよ…」

玄関に小ぶりの段ボールを置き
上着のポケットの中からお釣りを取り出したところで顔をあげ、
気が付いたら羽田が玄関から消えていた

暫く待ってみたが戻ってくる気配すらない

「は、羽田…?」

降ろした段ボールをまた抱え上げ、靴を脱いで玄関からそろりと部屋の中に入る

まさかと思ったが予想通り
どっかと座り込んだ羽田の視線がここに座れと言っていた

「(か…勘弁してくれよぉ…)」

半ば泣きそうになりながらも羽田とテーブルを挟むように
向き合う位置に座った

部屋の中の羽田は勿論サングラスをつけてない
じろりと睨むような視線が直接向けられることにだらだらと冷や汗が垂れていく

「……きょっ…今日は驚いたぜまさか羽田がウチの店来るなんてよ」
「………」
「や、やっぱサポは体が資本っつーか…野菜とかちゃんと食わねぇとな、うん」
「…………」

会話くらいしてくれよぉおおお!!

そっちが引き留めてるくせに完全に独り言にしかならない状況に
半泣きになりそうだった

「…お…俺そろそろ店番に戻んねぇといけねぇから……じゃ、じゃあ…」
「何でだ」
「へ?」

そう言って立ち上がろうとした時、ぎくりとするほど鋭い声に捕まった


「何であの日試合に来なかった」


―息が詰まった

「………あ…」

無意識に出していた自分の声に気が付いて
とっさに羽田の視線から目を逸らした

「俺にだって都合、とかあんだ…そっそれだけだって…」

ダン!とテーブルに拳が叩きつけられる音に肩が揺れた

「…それだけかよ」

羽田の真剣な、どこか切迫詰まったような声
逃げようとしていた自分に情けなさすら感じた

「(そうだよな…いつもはシゲちゃんとかスカルズの奴らとかが居て
 何も話せねぇから…だから羽田はわざわざこんなことしてんのかも…)」

しっかり話し合う機会なんて今しかないかもしれねぇ
そう決心してもう一度羽田と向き合った

「…わりぃ…さっきのなしでよ……この前の、ヤマさんの子供の件とかあって
 気まずくて行けなかっただけだ…」
「スカルズと顔合わせたくなかったって直接言えよ、
 アンタらがウチと敵対してんのは今更だろ」

「ちっちげぇよ!俺はお前らと敵対とか…」

そこまで言って ぐ、と言葉が接げなくなった

実際問題…今の状況は敵対以外の何物でもない
シゲちゃんは勿論のことヤマさんだってもしかするともう
スカルズのことが嫌いになったかもしれない…それに、俺も

俺らだけならともかくヤマさんたちは関係なかった。
それなのにあんなことになって
心のどこかで幻滅…したのかもしれない

「……やっぱどっか問題はあっけど…俺は敵対とか、そーいうのはしたくねぇよ…」
「田沼さん、アンタはそうでも…アンタらはそうは見えねぇんだよ。
 俺らのスタイルを否定したのはそっちだ」

ぐうの音も出ない
俺らの古くさい姿が 新しいものを作って、定着させたスカルズの前では
それ自体が敵視されるようなことで

それに薄々気付きながらも譲らなかった時点で
敵対関係、になってしまっている

―だからこそ、俺らがいるとまた問題が起こるから

「…だから自分から逃げたんだ…俺たちは」

羽田の視線に居心地が悪い理由が分かった気がした


「なんでもっと早くお前と話さなかったんだろなぁ…」


俺が言い出したんだ。10年も経ってからまた、のこのこスタジアムに行こうと。

あの時駆けずり回ったのと同じだけ
話し合いでも何でもしてシゲちゃんを説得して

「俺はただ誰がどこに属してるとか、そんなん関係なく…みんなで―…」


俺からコイツの、羽田の前に来るべきだったのに



「―…っ」

じんと熱を持った目元から突然のように涙が溢れた
羽田の顔がそれのせいか驚愕で固まって、

「田沼、さ…?」
「ッ…わ…悪ィ…俺……っ」

なんで自分が泣いてるのかも分からないまま
ガタンと机を揺らし、今度こそ逃げ出すように飛び出した




田沼さん!という声と一緒に追ってきた羽田に
玄関を出た所で手首を掴まれる

言葉に詰まって、突然泣いて逃げ出して
しかも捕まって、手を振りほどくこともできない

「…離して…くれよ羽田ぁ…」

情けないにも程がある
うぅ…と掴まれていない左手で顔を隠して羽田の視線から逃げる
いや、逃げようとした

「…田沼、さん」

微かに掠れたその声と、いつもはサングラスで隠されてる視線と
手首を掴んだままのてのひらにこもった力とか熱とかに
きゅうと胸が詰まって

腕と一緒に震えた目から
またぼろぼろと涙が落ちてくる

「(なんだよ俺…どっか、おかしくなっちまったんじゃねぇのか…?
  歳とると涙腺弛くなるとか聞くけどよりによって羽田の前でこんなん…)」

みっともないとしか言いようがない自分の姿にまた涙が出る

羽田はいつもマジで、格好良くて
俺はなんもかんも半端で、かっこ…わりぃ…


羽田の俺の腕を引く手に力がぎゅうとこもる

だめ、だ俺…っ羽田にこのまま腕、引かれて…
…抱き締められたりしたら絶対、やばいくらい泣いちま…う


「これで冷房直ったんで、それじゃ失礼しますよ」
「いつもありがとうね電気屋さん」

「!!」


近くの家から聞こえてきた声に弾かれるように
羽田を突き飛ばして今度こそ逃げ出した

「田沼さん!」
「あれゴロー?なにしてんだこんなとこで…おいっゴロー!」

近くの家の前からの聞き馴染んだシゲちゃんの声に
泣き顔を隠したまま走り続けるしかなくて

ポケットの中で音を立てる小銭が
羽田に渡しそびれたお釣りだと気付いて
あぁ、しまったと歯を食いしばった






『どういうことだよゴロー何あったんだって』
「わりぃシゲちゃん…ほんとに何でもねぇから…」
『あの時呼び止めてたの俺だけじゃなったろ
 見間違いでなきゃあいつスカルズの…まさか何かされたんじゃ…』

まだ声の響く受話器を切り溜め息を吐いた

目元がまだじんわりと熱を持っていて痛いくらいだったが
それ以上に羽田に掴まれた手首から熱が消えなくて

「(…なんか俺、羽田のことばっか考えてんな…)」

考えても考えても答えが出そうになくて布団にもぐり込んだ
明日はホームの試合…だけど

――話があるならホームの試合で聞く

いつか言われた羽田の言葉を思い出す
話がしたい、とも聞こえた気がする

「(俺…羽田に何言や良いんだろ…)」

そもそもスカルズのど真ん中に1人で行けるだろうか
とにかく全部明日―…俺に行く勇気があるか分かんねぇけど…

もし…明日行かなけりゃきっと、また10年前の繰り返しで

……全部…終わるんだろうな…楽しいのも…こんな苦しいのも…


すぅと眠りにつく
散々夢みたいな現実感のないことがおきたからか
夢すら見なかった



そして朝起きて、タケちゃんが迎えに来た時には
もしかして今になって夢でも見てるんじゃねぇかと目を見開いた

渡せなかった小銭はまだポケットに入ったままで

けれど羽田と会う約束にはあまりにも頼りなかった




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羽田←ゴロっていうか羽田→←ゴロ。もう両想いなんだろお前ら!!
来週にはスタジアムでちゅーくらいしてくれると…信じてます…

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