「(クロが長電話するなんて珍しいな…)」

そこまで広くもない部屋の中で杉江に背を向けたままの黒田は
もう十分以上携帯電話から漏れる男の声との受け答えを続けていた

「(…クロが携帯離さない時は大体越さん相手だけど…)」

越さんからの電話ならクロが切らないのも仕方無い、と思いながらも
痺れを切らした杉江の両腕が後ろから黒田の身体を引き倒す

「ちょ、どわっ!スギ!邪魔すんなっつの
 勘違いすんな板垣からだ板垣ッ」
「板垣…?あの名古屋の?」

予想外の名前が出てきたことに杉江の目が軽く見開かれるが
黒田は特に気にした様子もなく軽く おー、と返して携帯を閉じた

「なんかよく分かんねーんだけど俺に相談があるとかで明日こっちに来るんだと」
「クロに相談…?正気かな」

軽く考え込んだ杉江の失礼極まりない発言に
ちょ…どういう意味だそれ、というツッコミが夜の部屋に響いた



 +



「…杉江…、さんも一緒かよ…」

そこまで長々と話し込むことにはならないだろうと
待ち合わせた駅前の簡易的な喫茶店でテーブルを囲み、
板垣の第一声はそれだった

「仕方ねーだろついてくるって聞かねーんだから
 で?なんだよ相談って」

「……その…うちのチームにブラジル野郎三人組…居んだろ」

とっとと話せよ。という黒田の態度に
渋々…というか躊躇いがちに放たれた名前に
3人分の顔が脳裏に浮かぶ

「あ?あぁー…あのよく分かんねー感じの奴らだろ?
 それがなんだよ。何かもめ事か?」

わざわざ名古屋から東京に来てまでする相談ともなれば
相当なものだろうと踏んでいた杉江と黒田は
若干拍子抜けしてさっき頼んだコーヒーを啜った

「……………れた」
「あ?」
「……その…や、やら…」
「聞こえねーよハッキリ言えって」

青くなったり赤くなったりを繰り返して肝心の所で口ごもる姿に
思わず吐き捨てるように怒鳴る


「だからっ!ケツ掘られたんだよッあのクソ外人どもにっ!」


ぶ――ッツっと勢いよくコーヒーを吹き出した黒田に
今度は板垣が怒鳴り散らす番だった

「こんなんチームの奴やキャプテンには言えねぇし…っ
 お前ぐらいしかホモの知り合い居ねーんだから仕方ねぇだろ!」
「知るかっ!つか誰がホモだ誰がッ」

「…二人ともとりあえず落ち着かない?」

大音量とその内容に疎らな店内の客の殆んどが2人を注目の的にしているのを
杉江の指摘でやっと気付く、或いは我に帰って
俯きながら小さく座り直した


「…とにかくよ…付き合うとかいう話にはなってねぇけど
 一回犯ってからセフレかなんかと勘違いしてやがんのか
 しょ、しょっちゅう…その、よ…」

しょっちゅう、と濁してはいるが恐らくそれは殆んど毎日なのだろう

くっきりと浮かんだクマが
只でさえ悪い目付きをより酷く縁取っていることを
黒田にはからかうことも出来ない
そうでなくても笑えない話題と言えば話題なのだが

「しっかりその気は無いって伝えたの?」

「伝えようにも言葉通じねぇんだよ…物理的にも精神的にも…」

てか多分通じても無理だアイツらは…と
言葉の詰まった黒田の変わりに出した杉江の質問にも
板垣からは溜め息に似た返事が帰ってきただけだった

「…止めろっても聞きゃしねーってのは なんとなく分かる気すっけどな…」
「いや俺はクロが本気で嫌がってる時は止めるよ?
 大体クロが嫌がるのが口だけだから止めてないだけで」
「そっちのホモと一緒にすんなっ!
 男に犯られて、良いなんてあるわけねぇだろ!」

思い切り威嚇に近い板垣に
軽い冗談だったのに。と杉江はこっそり心の中で呟いた

「あんな良かったのだってなんかの間違いに決まって…」
「は?」
「!」

こっちは声に出ていた呟きだったので反射的に聞き返すと
みるみるうちに板垣の顔が真っ赤に染まっていく

「…もしかして男相手なのにあんまり気持ち良かったんで
 動揺ついでにそのことまで責任転換みたいなー」
「ッん…な!っわけ…あるかっ!」

まさかと思って適当に言ってみたが図星に近かったらしい
「(クロといい板垣といい…分かりやすい子が多いなぁ…)」

「お、俺はノーマルだし…あんな奴らに掘られて感じたとか
 ましてや惚れた腫れたの関係になんざなるわけ…」

「そういう頑ななタイプに限って一度流されると弱いらしいよ?
 板垣もさホントはそんなにイヤじゃなかったことに
 戸惑ってるだけに見えるんだけど」
「………ッ!?なっ…わけ…ッ」

何か叫ぼうとした板垣の口元が言葉を忘れたように震えていた
慌ているとも動揺しているともどちらとも取れるが
何となくどちらでも無い気がした

「め、迷惑してんだよ俺は…ど、どうすりゃ良いかも分かんねぇし…」
「それは分かっけど…でもなんつーかあの3人、変だとは思っけど
 嫌な奴じゃねぇと思うし…」

普段は感情のままに喋りがちな黒田だが
ひとつひとつ、何とか言葉を選んでいく

「マジで嫌でも分かんなくてもよ…やっぱそいつらと話し合うってか
 どんな奴なのかとかどんなこと考えてんのかとか
 見てやってからでも遅くねぇと思うぜ」

「………。」

結局頼んだまま冷えきったコーヒーも飲まないまま店を出て
改札まで困ったような顔のまま見送りに来た黒田に
板垣はあんがとな、と独り言のように小さく吐き捨てた




+



 ―――どんな奴なのかとかどんなこと考えてんのかとか
 見てやってからでも遅くねぇと思うぜ


「(どんな…ってもな…馬鹿外人で…サッカーしか能がなくて男も女も節操ない…
 …って俺が思い込もうとしてた…)」

アイツらがサッカーが好きなことは認めざるを得ないし
突然襲ってきたのだって
不本意…というか勘違いが原因だが俺が誘ったようなものだ

だから俺以外のチームの奴には手ぇ出してねぇと思う

だったら…



『イタガキー!』
「!」

夕方に近い、オフ日のクラブハウスの中で
呼び止められるとは思ってもみなかった板垣は
一瞬肩をすくめ声の主を振り返ると
正にさっきまで話題にしていた3人組が食堂から顔を覗かせていた

『お帰りイタガキ!丁度良かったこっちこっち』

相変わらず何を言っているのかは分らないが
話しかけられていることに身体が強ばり、心臓が鳴くように跳ねた

そんなことを知ってか知らずか、にこにこと満面の笑みを浮かべた3人に
半ば引きずられるようにして食堂に連れ込まれていく

「ちょ、何だってんだ!
 ッまさか食堂で…!?だっ駄目に決まってんだろ
 いくら何でもそんなプレイ…!!……っあ?」

ふわりと漂う馴染みのある香りと机の上に置かれたコーヒーカップ

「…これ……」

『いつもイタガキに美味しいコーヒー飲ませてもらってるからさ、そのお礼ってことで』
『僕らで淹れたんだよーナゴヤのコーヒー』

飲んで飲んでとせっつくような態度に恐る恐る手を伸ばす

「飲、め…ってことか…?」

そういえばこんな地域に住んでるのに
こういう色のコーヒーなんて久しぶりに見た気がする

『でもなんでウィンナーなんだろー』
『んー…一緒に食べるのかもなー』

ほわりと浮かぶコーヒーの湯気

板垣が盗み見るように視線をカップの中から3人に伸ばすと
それに気付いたゼウベルトに嬉しそうに微笑まれ
何故か分からないがしまった、と歯を食い縛った

オフ日のこんな時間に
俺が来る保証なんて全くと言っていいほど無いだろうに

あんまり悔しくて煽るようにカップの中身を飲み干した

「…こんなもん淹れて、待ってんじゃねぇよ
 わざわざ3人揃って…どんだけ暇なんだよ…」

『ん?』

このコーヒーを飲ませる相手も、このチームでなつく相手も、
誰でも良かったんじゃなくて俺を選んだ…って


「……うまいって言っただけだ…日本語くらい、とっとと覚えろ…馬鹿」


そんくらいは自惚れて良いんだよな…俺は




+


「犯らせてやってんだからそんくらい当然だろ
 ま名古屋のエースの俺が外人どもの目に止まらないわけないしな」

「……いや分かったからよ…わざわざ東京までノロケに来てんじゃねぇよ…」

最初の相談以来、変に上機嫌な板垣と
付き合わされている黒田とそれに付いてきている杉江、という
よく分らない顔ぶれがすっかり常連になってしまった店内は
うんざりとした空気が籠っていた

「ノ…っノロケじゃねぇよ!
 あいつらが惚れて当然だって言ってんだ!
 誰もそれが嬉しいとか言ってねぇだろっ」

「それがノロケだって言ってんだよ行き成りデレやがって…!
 つか名古屋に帰れ名古屋に!」

それだけ叫ぶと怒鳴る気力を使い果たし
机に突っ伏すが頭の上から降ってくる声は収まらないままで


「……ノロケ返せば帰ってくれるんじゃない?」
「スギ。お前も黙っとけ…」


コーヒーの匂いを嗅ぐだけで胸焼けしそうな気さえして
うんざりとコップの水を煽った






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ラブラブでオチました(予想外)
板垣は一回攻略されたら一気にデレるタイプだと思うと
ドミンゴさんにデレてた頃のチームの空気を吸って吐いて吸って吐いてしたいです
言葉通じなくてもうっとおしさは万国共通なんですよ。デレ期うっとおしい!

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