今一番好きな人、もの:

「………」

トン、とボールペンの先で紙を一番叩いてから横に置いた

よくあるマガジン用のアンケート。
他のメンバーにも配られて 殆んどのやつが
大して悩まずに提出してきた(椿は大分悩んでいたが)

後は回収した分と自分の分をまとめて広報に渡せば良い…だけなのだが

「………。」

最近の日課、気になるチーム、はまっている食べ物…と
大体の項目は埋め終わっているのに
何故かひとつ、大して珍しくもない質問に手が止まってしまうのだ

「…まいったな」

何度目かの溜め息を付いて無意識に寄せていた眉間を押さえた
自分でも何故こんな質問に戸惑うのかも分からない

いつものように無難な答えを綴れば良いだけだ
丹波のようにユニークな回答を求められるようなタイプでもなかろうに…

仕方ない…、と机の横に積んでおいた他のメンバーのアンケート用紙に手を伸ばす
盗み見るようで気が引けたが 雑誌に載れば皆が見るものだし、
特別気にするやつも居ないだろう

どこか言い訳のように自分に言い聞かせてから
一番上の紙をめくりあげる

「これは…」


――好きなもの: 僕自身


堂々と書かれた文字に流れるような動作で裏返して一番下に突っ込んだ

「(…ジーノ…あいつは何を考えて生きてるんだ…?)」

思い切り外れを引いてしまった心境に
どっと疲れに襲われたが何とか目眩を堪える

だがこれ以上時間を裂いている訳にはいかない
自主練の時間まで無くなってしまう…

二枚目をめくると汚くはないが力が有り余ったような癖のある文字で
くっきりと俺の名前が至るところに書いてあった

尊敬しているプレイヤー、
一番憧れるチーメイト…

試合中を彷彿させる姿が紙の上に見えるようで
自然と苦笑混じりの笑みが浮かぶ

そういえば最近黒田たちとゆっくり話もできていない
以前は杉江や堺も連れてよく話していたが

…今度飯にでも誘おうか

黒田と堺に声をかけたら
つられるように杉江や石神、丹波に堀田が付いてくるあの光景が好きだったと
気に入っている場所、に全く同じ名前の居酒屋が書かれた
ベテラン4人の用紙に思い浮かべる

最近なら堺の後ろに世良なんかも付いてくるんだろうなと
黒田のアンケート用紙の下で同じように一人の名前が羅列したそれを見やった


ここまではいかなくても誰がチームメイトの名前を書くのも手かもしれない

好きなチームメイト…

「(……一人に絞るってのも難しいもんだな)」

誰の名前を書くか…考え始めるとキリがない

キャプテンとしての立ち位置を長いことしていると
一人だけを贔屓目で見ないようにと考えてしまうものだ


八方美人に良いカッコしようとしてんのなー悪いオトコになっちまうぞ?


以前言われた誰かからのセリフをうっかり思い出してしまい
ぴき、とこめかみ辺りの血管が震えた

何が八方美人だ…自分こそ誰これ構わずその気にさせてやがるくせに…

このままだとアンケート用紙を破り捨てそうだったので
そこで思考を無理矢理停止させた

今はとにかくコイツを埋め終わらないといけない
チームメイトの名前を書くのは一度諦めよう…

ふと好きなもの、なんて若い頃の方がハッキリしている気がして
若手の用紙を集めてみる

世良の分はさっき見た
椿、赤崎についでに石浜と清川の分を。

椿なんかは真面目に、というか真面目過ぎるほどに悩んで考えて答えていそうだが…


 : チームの人とか、みんな好きです…!


「…………………………。」


いや、変に勘ぐってしまう俺が悪いんだろう。悪いんだろうが

顔を真っ赤にして好きですと迫られた記憶が脳裏に残っている身としては
どうにも深読みしてしまう

…まぁ一番の原因は椿のやつがあれだけ人畜無害な顔をして
そのみんな、を…いやまた脱線しているだろうこれは

椿の下半身どうこうも今は関係ない…はずだ


袋小路に入りそうだったので押し込めるように椿の用紙を山に戻した


「(…大丈夫だ…多分大丈夫だ…!)」

何故か祈るような気持ちで赤崎の用紙を恐る恐るめくる

細くシャーペンで書かれた文字で両親、と簡潔に書かれていて
――どこか意外なようにさえ感じた

迂濶な答えは書かないだろうとは思っていたが、
感謝の気持ちを伝えるのは苦手な方だと思い込んでいたのかもしれない

何でもない態度をとりながら少し拗ねたように照れた
たまに見せる表情が浮かんでくる

清川、石浜の余白にも両親の文字
よく寮からも家に電話しているだけある素直な回答。

この場にいたら頭でも撫でてやりたいくらいだ
…が、やはり参考にはならなそうだ

若手、までとはいかないがこういった答えも
この年になって書くのは難しいものがある

家族に感謝しているなんて今更過ぎてそれこそ気恥ずかしすぎるだろう

夏木のように両親ともうひとつの家族が居れば良かったのか…
いやそれも愛妻家の夏木だから似合う回答だ
いまいち自分にはそぐわない気がする

そもそも1人、好きだと言える相手を まるでノロケるように書くという自体が
性に合わないのかもしれない

そう思い始めるとまるで自分が枯れきっているようで若干気落ちした

「(もう若くねぇってことか…?それとも…)」

あの頃に一生分の感情を使い果たしてしまったのか

「…馬鹿な……」

そうだったらどんなに楽か
怒り、とか執着、焦燥。

それが一番腹の奥で馴染むようになったのは憧れを使い果たしてからだ

なら今ペンを握るのすら躊躇わせているこの感情は何なのか


…もう良い。
次、というか最後の頼みの綱であるドリさんの分で駄目なら
そのまま空欄で出してしまおう

別に全項目余さず埋めることを強制されているわけでなし
今までは変な責任感のせいでしっかり答えきっていたがもう知ったことか。

「……っ、あ…」

癖の無いボールペンで書かれたきれいな文字が
チームの名前を記しているのに何故か呆気に取られた

模範回答と言わんばかりの受け答え
そもそも何故コレに思い至らなかったのか

というか…そういえばいつもは俺もこう答えていたはずじゃなかったか?

いつも――いや…いつまでだ?


唇をきつく結んだことで喉の奥が軋んだ気がした

「……あの人が…戻ってきてから…か…」

改めて突きつけられた自分の女々しさに吐きそうになる
あの人が戻ってきて、傍にいるこのチームを
好きと言うのが心のどこかで悔しいというか…


「なーに変な顔してんだぁ村越?」

「!?…た…ッつ、み…監督…」

いつから居たのか…ドアから顔を覗かせた姿に心臓が止まるかと思った

「あーあれだ。なんかエロいこと考えてたんだろ、顔真っ赤だし」
「………………。」

絶対に認めるものか。

この人が居るチームが嬉しすぎて
かえって好きなもの、に書けなくなってしまったなんて

「えっなに図星?キャプテンともあろう人が
 クラブハウスでエロい妄想してニヤニヤー…」
「…ただのアンケートです…
 クラブハウスで選手に手を出すような監督と一緒にしないで下さい」

んっだよ可愛くねぇのーと唇を尖らせ 了承も得ずにどっかと隣に座り込む

「そんなただのアンケートに俺が見てるって気付かないくらい悩んでたのかよ
 お前そーいうタイプだっけ?」

手の下に敷いていたはずのアンケート用紙をあっさりと奪い取り
物珍しそうに眺めている横顔を直視できずに目を逸らした

「なんだほとんど埋まってんじゃんー…ってあれ?」

ぱちぱちとしぱたく瞳に必死でなんでもないフリをするが
内心はしまった、という言葉に占められていた


「…ないの?好きなもん」


直球。
いっそさっきまでのようにからかわれる方がマシかもしれない

「…ありますよ」
「じゃ書きゃ良いじゃん」

なんと説明したら理解して貰えそうか
少なくともさっきまでの堂々巡りを話し出せば
容赦なく 長い、と吐き捨てられるだろう

「上手く…言葉にできなくて…」
「あ?」
「……心の準備が…」

「……………………。」

その珍しい生き物でも見るような表情を止めてくれ
自分でも意味の分からない発言をしている自覚に責められているんだ

「お前ってさ…告白する気満々で呼び出したやつに
 真顔でテンパって世間話して終わらせちまうんだろ、多分」

…おし黙っているのは決して図星だからではない…はずだ

「ま良いや」

きゅぽん、と頭の上で鳴った音に顔を上げると
どこに持っていたのかサイン用のマジックのフタをくわえ
そのマジックで人のアンケート用紙に
思いきり勝手に何かを書いている姿が目に飛び込んできた

「―――ッツ…!?」

なにやってんだアンタは…!と叫ぶより先に
ポイと返された紙に慌て目を通し
そこに書かれた文字に絶句した

「心の準備待ってるほど暇じゃねーからな」

早めに持ってけよ、とドアをすり抜けていった後ろ姿に呆然と立ち尽くす


「……だからって…告白強要はないだろう…」


くっきりと、修正の余地すら与えないその文字は
恐らく殆んどのチームメイトからの詰問が余りに想像出来すぎるもので、


楽しげに踊る文字たちに描かれた達海猛の名に酷く痛む頭を抱えた



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コシタツ…なのか…?
アンケートの質問は適当です。
あとクロが良い子過ぎるだろこれ。

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